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はるか70年前を思い浮かべる(宮城県 男性 87歳)

私は昭和18年、宇都宮航空廠工員養成所にて整備工作勉強、19年4月卒業、同6月1日付でマニラ航空廠に転属となる。
内地待機中に捷号作戦の編成に依り、風15311部隊独立整備3中隊に配属と成る(5中隊編成)。整備下士官20名、工員(軍属11名)兵卒他の下士官、合計120名の中隊員で、私は工員で最年少、昭和4年3月11日生、19年6月末マニラ到着。同7月任地ネグロス島、サラビヤ飛行場到着。米軍レイテ島上陸に対し防戦並びに奪回作戦の為の陸軍航空特攻隊のレイテ島攻撃最前線基地飛行場であった。航続距離、燃料も考へての飛行場で有った。
我が中隊は整備並びに修理班で有った。従駐の戦隊はその前に進転して行く。飛行場中隊と我が中隊だけ残置と成る。米軍接近19年9月25日初空爆、それ以来戦闘状態と成る。特攻機の出動も多く成り、昼夜違わずの闘いと成る。滑走路は短く大型機使用が難しい戦闘機用だった。特攻隊員また同乗員も出撃に対し笑顔で満足顔で有った。攻撃不良の時は中止して戻る、必ずしも死とはならなかった。私達少年工もそう思っていた。飛行機や爆弾は造れる、操縦士は簡単には造れぬ、大切にしたものである。
私達工員の参戦も、植民地支配を終わらせる、アジア民族は同胞だ、助けるため独立をする為の戦いだった。此の1行で幼少の我々も教育され、激戦地フィリピンに送られた(死亡者4分の1)。昭和21年2月末、帰国する。
此の本を飛び付いて読んだ。その通りであり、勇んで希望したものです。語り合ふ人もなし、未だ脳裏ではるか70年前を思い浮かべるのです。有難度さんでした。

若者たちはなぜ特攻を選んだのか

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