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「戦争とは何か」を問い質す作品(福岡県 男性 82歳)

「特攻」を読んで先ず頭に浮かんだのは、1942年6月のミッドウェー海戦で、飛行甲板上で爆装転換中の空母「赤城」・「加賀」が、米空母「ホーネット」及び「エンタープライス」の艦上機による急襲を受け、赤城・加賀の飛行甲板上は火の海となり、艦内の爆弾に誘発して瞬く間に沈没した事である。幸か不幸か、太平洋戦争前の製造で防禦(ぼうぎょ)力の弱い日本空母は、多数の乗員・搭乗員が苦しむことなく艦と共に沈んで行った。

それに比べると、戦時中に不沈空母として製造された大型空母「バンカーヒル」は、飛行甲板上の艦上機は勿論、格納甲板上の航空機も大火災や爆発により多大の損害を受けたにも関わらず、乗組員の必死の努力により沈没を免れ、母港に帰還した。然し戦場から離脱するまでの生死を賭した働きとその悲惨さを体験した乗組員の記録は、その地獄図さながらの様相を目のあたりに見る感じさえ伺われる。

更にこの書は単なる戦争記録ではなく、著者の数年にも及ぶ綿密な調査と検討、日米両国の生存者へのインタビューなどにより、特攻体当たりに成功した隊員やその周辺の人々の心情を取り上げ、また沈まんとするバンカーヒルを必死の努力で救った乗組員や搭乗員の状況、彼らの戦後の生き様まで記録として残している。第1次世界大戦での有名なドキュメンタリー、レマルクの「西部戦線異状なし」に匹敵する作品であると思う。

この作品を通じて考えられるものは、戦いの勝者・敗者の外形的なものを否定して、戦いに参加した日米両国の人々がその死に直面し、生死に拘らずその生き方を模索し苦しんだ、「戦争とは何か」を問い質す作品であると言える。

小生は、太平洋戦争の末期、1944年、海軍甲種飛行予科練習生に志願し、偵察要員として通信学校を卒業後、1945年8月15日の終戦時には北九州の某海軍航空隊で特攻要員として訓練を受けながら、通信業務に携わっていた。なお同期生の内には、水中特攻艇「咬龍」・水上特攻艇「震洋」隊で訓練中の者もいました。

1945年4月1日、米軍が沖縄に上陸後、4月6日、天号作戦に伴う菊水作戦が発令され、沖縄周辺の米艦隊に対し次々と特攻機が出撃したことは、通信業務に携わっていた小生にも判っていたが、米艦船上に達するのはその1割にも満たず、またその確実な戦果も不明であった。戦後、米軍の資料などからその戦果がおぼろげながらも分かってきたが、特定の特攻機の戦果は不明の状態であった。

この度、ハート出版社の「特攻」を読み終えて、空母「バンカーヒル」への体当たりに成功した特攻機が、5月11日に出撃した神風特攻第7昭和隊の隊長・安則盛三中尉機と2番機の小川清少尉機であることが判明し、幸運にもエセックス級大型空母「バンカーヒル」を再起不能に陥らせたことに、今更ながら胸のすくような気持ちになり、目的を達した特攻隊員に敬意を表する次第です。

またその反面、我々の先輩が、無駄な特攻と知りながら片道燃料で出撃させられ、且つまた250キロの爆弾を抱えた結果スピードは半減し米機の餌食となることも判りながら、御国の為に命を捧げた気持ちが、戦後理解されずに来たことも、我々航空兵に志願した者にとっては空しく、且つまた戦争を悪とする戦後の教育に対してやる方ない不満の気持ちを持ち続けている次第です。

「特攻」とは何か、日本国民がもう一度考えて欲しい。以上





特攻―空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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