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大変な力作(東京都 男性 54歳)

大変な力作だった。一部に意見の違うところはあるが、読み応えがあった。

特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

白人のキリスト教徒中心の世界観はNG(神奈川県 男性 79歳)

小生は國民學校5年生の時に敗戦。敗戦前は土浦の予科練に入って、米空母の特攻機で体当たりする心算だった。白人のキリスト教徒中心の世界観はNGだ。


特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

此れ程迄に詳細に資料を集めて一冊にした本は、外に例がない(大阪府 男性 79歳)

確かに我々日本人にとり、此のテーマは知識として、参考書の一番少ないエアーポケットの様なテーマだったと思う。他の本には、一部名前が出た部分があったが、此れ程迄に詳細に資料を集めて一冊にした本は、外に例がない。其の点、両書共、私にとり、日本人の先祖が如何に戦ったか、子供等、孫達への資料となった。



特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

映画化してほしい(新潟県 男性 67歳)

飛行機と戦艦の戦い、そして双方の被害がよく分かりました。その他、目になみだをしながら読んだページもありました。非常に良い本です。多くの方に読まれることを希望します。著者へ:映画化またはCD化してほしい。映画化されれば必ず見に行きます。


特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

米国側から観た殊に特攻に関する書物を読みたいと思っていた(神奈川県 男性 73歳)

以前から米国側から観た殊に特攻に関する書物を読みたいと思っていました処、図らずも貴社より発刊され、念願叶いました。これからもこの形式で、MIDWAY、GUADALCANAL等、日本敗戦の基となった物を発刊されますよう。米国版空母戦史。


特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

相手国の本を読めてありがたい(愛媛県 女性 81歳)

1930年生まれ。1945年初め、本土決戦がうたわれている日本、両親がラジオ・新聞を隠し、知らないうちに、3月、最後の勤労学徒として軍需工場へ。戦後、2人の従兄(19歳・21歳)が戦死。8年前より、2人の足跡を追っています。相手国の本をはじめて読むことが出来、ありがたいです。


特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

特攻の姿を再確認できた(愛知県 男性 81歳)

生存者に対する数少ない証言と証拠資料による真実性のある提示により、当時を知る者として、殆ど知り得なかった報道の全面を興味深く、また真実悲惨な特攻の姿を再確認することが出来ました。





特攻―空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

時の生き証人の一人として、本書には感無量(北海道 男性 85歳)

著者は、来日3回とか。日本人の心である、教育勅語、忠臣蔵、靖国神社、等を理解した事に敬意を払う。時の生き証人の一人として、本書には感無量である。




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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

事実を直視した好著(神奈川県 男性 78歳)

父をフィリピンで戦死させた。特攻ではないが、フィリピンは特攻発祥の地。父の鎮魂のために戦史を集めた。戦後67年で出つくしたと思っていたので、米公文書館からは、本書のようにまだまだ日本人の知らないことが出る。米側史料はまだ目を離せない。事実直視の好著。




特攻―空母バンカーヒルと二人のカミカゼ
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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

「戦争とは何か」を問い質す作品(福岡県 男性 82歳)

「特攻」を読んで先ず頭に浮かんだのは、1942年6月のミッドウェー海戦で、飛行甲板上で爆装転換中の空母「赤城」・「加賀」が、米空母「ホーネット」及び「エンタープライス」の艦上機による急襲を受け、赤城・加賀の飛行甲板上は火の海となり、艦内の爆弾に誘発して瞬く間に沈没した事である。幸か不幸か、太平洋戦争前の製造で防禦(ぼうぎょ)力の弱い日本空母は、多数の乗員・搭乗員が苦しむことなく艦と共に沈んで行った。

それに比べると、戦時中に不沈空母として製造された大型空母「バンカーヒル」は、飛行甲板上の艦上機は勿論、格納甲板上の航空機も大火災や爆発により多大の損害を受けたにも関わらず、乗組員の必死の努力により沈没を免れ、母港に帰還した。然し戦場から離脱するまでの生死を賭した働きとその悲惨さを体験した乗組員の記録は、その地獄図さながらの様相を目のあたりに見る感じさえ伺われる。

更にこの書は単なる戦争記録ではなく、著者の数年にも及ぶ綿密な調査と検討、日米両国の生存者へのインタビューなどにより、特攻体当たりに成功した隊員やその周辺の人々の心情を取り上げ、また沈まんとするバンカーヒルを必死の努力で救った乗組員や搭乗員の状況、彼らの戦後の生き様まで記録として残している。第1次世界大戦での有名なドキュメンタリー、レマルクの「西部戦線異状なし」に匹敵する作品であると思う。

この作品を通じて考えられるものは、戦いの勝者・敗者の外形的なものを否定して、戦いに参加した日米両国の人々がその死に直面し、生死に拘らずその生き方を模索し苦しんだ、「戦争とは何か」を問い質す作品であると言える。

小生は、太平洋戦争の末期、1944年、海軍甲種飛行予科練習生に志願し、偵察要員として通信学校を卒業後、1945年8月15日の終戦時には北九州の某海軍航空隊で特攻要員として訓練を受けながら、通信業務に携わっていた。なお同期生の内には、水中特攻艇「咬龍」・水上特攻艇「震洋」隊で訓練中の者もいました。

1945年4月1日、米軍が沖縄に上陸後、4月6日、天号作戦に伴う菊水作戦が発令され、沖縄周辺の米艦隊に対し次々と特攻機が出撃したことは、通信業務に携わっていた小生にも判っていたが、米艦船上に達するのはその1割にも満たず、またその確実な戦果も不明であった。戦後、米軍の資料などからその戦果がおぼろげながらも分かってきたが、特定の特攻機の戦果は不明の状態であった。

この度、ハート出版社の「特攻」を読み終えて、空母「バンカーヒル」への体当たりに成功した特攻機が、5月11日に出撃した神風特攻第7昭和隊の隊長・安則盛三中尉機と2番機の小川清少尉機であることが判明し、幸運にもエセックス級大型空母「バンカーヒル」を再起不能に陥らせたことに、今更ながら胸のすくような気持ちになり、目的を達した特攻隊員に敬意を表する次第です。

またその反面、我々の先輩が、無駄な特攻と知りながら片道燃料で出撃させられ、且つまた250キロの爆弾を抱えた結果スピードは半減し米機の餌食となることも判りながら、御国の為に命を捧げた気持ちが、戦後理解されずに来たことも、我々航空兵に志願した者にとっては空しく、且つまた戦争を悪とする戦後の教育に対してやる方ない不満の気持ちを持ち続けている次第です。

「特攻」とは何か、日本国民がもう一度考えて欲しい。以上





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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

小川清少尉と同じ武山海兵団で訓練を受けました(兵庫県 男性 84歳)

ケネディ先生の「特攻」第6章・徴兵の項に、小川清少尉が武山海兵団で教育訓練を受けられた趣、写真も含めて記されております。私も昭和17年9月1日、海軍特別年少兵の第1期生として、若干15歳にてその武山海兵団へ入団し、11ヶ月間に亘る教育指導を受けました。

毎日の訓練は先づ「海征かば」斉唱から始まり、学術、精神及び身体を鍛えに鍛えられました。更に横砲(横須賀砲術学校)にて砲術を修得し、南洋方面で参戦し、幸いにも昭和21年12月末、グァムのスタッケード(捕虜収容所)より浦賀へ復員しました。戦後、企業戦士となって働き、既に84歳の高齢に達しました。

この度、ケネディ先生の第2次世界大戦に係わる一つの歴史書たるべき大作「特攻」を拝読し、先生の日本の歴史・文化に対するアプローチをうかがい、我々日本人自身が歴史をしっかり学んで、五省の訓、大義、信念や決意について大いに覚醒すべきであると思考いたしております。




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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

アメリカ側から見た戦記物は初めて(東京都 男性 75歳)

戦記物はよく読みますが、アメリカ側から見た戦記物は初めてで、感動しました。



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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

多くの資料を元にした良書(神奈川県 男性 81歳)

有能な若い命を奪った戦争を憎み、平和を祈るのみです。「日本と米国の両方から見た〈特攻〉」、多くの資料から良く出来た本であると思われます。今後、特攻をやたら非難しないことを望む。



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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

事実を丁寧に記してある(東京都 男性 81歳)

マクスウェル・テイラー・ケネディから見聞した本書は、旧日本海軍の軍人のものと違い、事実を丁寧に記してあり、圧倒された。今後も、戦記物は注意して購入したい。



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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

特別攻撃隊招魂祭で紹介したい(秋田県 男性 85歳)

大冊で読むのに難儀でしたが、感動しました。4月29日に秋田市で催行される「特別攻撃隊招魂祭」で、本書を紹介したいと思っております。私の同期生(秋田県出身)6名が、特攻戦死です。「招魂祭」は今年で第20回、参列者の中で当時を知る者は、私ひとりです。



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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

感銘を受けた(神奈川県 男性 73歳)

感銘を受けた。第二次大戦を経験していない作者が、これだけのことを書けるとは。



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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

これは歴史的な資料にもなる(北海道 男性 70歳)

貴社の刊行書は初めてですが、ノンフィクションのものとしては、歴史的な資料にもなり、よい企画で、内容も客観的でありながら、著者の深い識見による感想も当を得て、よい本だと思いました。特攻の大戦果として、空母フランクリンに次ぐバンカーヒルの実態を詳しく知り、参考になりました。



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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

涙を禁じ得ない(兵庫県 男性 85歳)

我々戦中派は読んでいて涙を禁じ得ない。



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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

涙なしでは読むことが出来なかった(兵庫県 男性 81歳)

私も昭和20年2月、当時15歳6ヶ月で、海軍の志願兵として大竹海兵団に入隊。
当時を想い、涙なしでは読むことが出来なかった。


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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

日米戦史の一面を深く掘り下げた名著(千葉県 男性 76歳)

第二次世界大戦を直接は知らないM.T.ケネディの綿密な調査に基づく、日米戦史の一面を深く掘り下げた名著。私は、かつて加古川市尾上村にあった陸軍航空・通信教育隊に勤務の父(昭和16年4月~18年7月)と一緒に、我が家の上空を飛ぶ戦闘機を見て育ったものです。同時に部隊長さんが18年3月末に外地に出征される際に、部下の兵が記念に作った戦闘機(アルミ製の模型)を預かった身。それを小学2年生末から今日まで神壇(しんだん)に祀ってきた者として、非常に感銘を受けました。今でもその部隊長さんの行方を捜しています。


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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

当時の日本の戦争観がよく理解できた(新潟県 男性 62歳)

『いま特攻隊の死を考える』白井厚(岩波書店)、『真相・カミカゼ特攻』原勝洋(ベストセラーズ)の両編を、日本人側からの観点より書いたものを、実際にアメリカという外側から描いたものと照合すると、いかに戦争が悲惨で、しかも尊い生命が失われたか理解できた。
父(故人)が九州鹿屋飛行場で特攻隊の通信兵だった時の話を総合すると、当時の日本の戦争観というものが良く理解できた気もする。


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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

安則盛三の最後を知ることができました(兵庫県 88歳 男性)

(バンカーヒルに突入した)安則盛三とは、私が本家、彼は分家。 彼の家は筋向かいで小学校は一年生のとき一緒に通いました。 本家は事情で神戸に移り、彼とはその後会っていませんが、彼の兄とは戦後、法要で2回会いました。 彼の最後を知りました。有難う御座います。

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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

日・米両国どちらにも公正に書かれている(東京都 男性 81歳)

特攻を受けた側の資料としても貴重な証言であり、日・米両国どちらの側にも公平な眼を向けているところが良い。博捜された資料に基づくため、説得力が極めて強い。

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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

小学生のとき、グラマン戦闘機に銃撃されました(神奈川県 男性 77歳)

昭和20年8月、小生は当時小学生でした。宮城県古川市に疎開している時、グラマン戦闘機に銃撃されました。危うく命を落とすところでした。今でもその時亡くなった人のことを思い出します。笑いながら飛び去った米パイロットを憎むより、戦争そのものを憎む毎日です。特攻隊で散華した人たちは必ずしも上官の命令だけで死地に赴いたとは断じて思いません。もう二度とあってはならないのです。

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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

ゼロ戦の20ミリ機関砲の製造に尽力(奈良県 男性 81歳)

アメリカのケネディーの甥が国会図書館より調べだしたこと、それと日本の翻訳者に感謝します。小説「大空のサムライ」正・続編を45歳の時に通読し、何回も読み返しました。私は学徒動員で、愛知県碧海郡真田村大日本兵器へ、奈良師範予科1年生として、ゼロ戦の20ミリ機関砲の製造に尽力しました。その当時の心を忘れず、退転後は老人特殊ホームへ、ハーモニカ奏のボランティアを15年ほど、今では1人になり、月に4箇所に出掛けています。

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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

予科練は私の一生の宝(神奈川県 男性 82歳)

鶴見駅内の井上書店ターミナル店にて購入しました。家の書棚2架には戦記物で一杯です。甲種飛行科練習生として、茨城県土浦海軍航空隊へ入隊して、昭和20年8月25日に復員した元予科練習生です。昭和19年10月に当時の比島(フィリピン)で、神風特別攻撃隊「敷島隊」関大尉の特攻攻撃に感激して、予科練を志願しました。諸々の資料を現在の土浦予科練資料館へ送付して、予科練ものがたりを賜って貰いました。予科練は私の一生の宝です。

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  1. 特攻-空母バンカーヒルと二人のカミカゼ

特攻隊員たちの思いは今の世に十分伝わっているか(奈良県 男性 57歳)

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この本のことは朝日新聞の書評欄/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN= rel="nofollow">朝日新聞の書評欄&linkCode=as2&tag=japan2000-22"で知りました。朝日新聞の書評欄 width=1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /> 書評を読んでもちろん惹かれるものを感じましたが、私の給料に比して高額すぎてすぐに手に入れてという気持ちにはならず、近所の図書館に早く入れてくれないかと思ったりしておりました。 しかし、日が経つにつれだんだん気になり、ネットを検索したりしてこの本のことを紹介してあるサイトの写真や解説を見るにつけだんだんと早く読みたいという気持ちが湧き上がってきました。 書評の掲載された新聞記事は残しておりましたので、もう一度読み直し、さてアマゾンで注文と思ったのですが、なんと定価より高額! 問い合わせると版元で切らしており、古本(!)にプレミアがついているとのこと。出足が遅かったのを悔いましたが、プレミアムのついた本まで買う財力はとてもなくしばらく様子を見ましたが、そのうち供給が始まったようで定価で買うことができました。 値段相応に大部であることに驚きながら、読破するまでには相当な時日がかかるだろうと思いながら読み始めましたが、訳文が読みやすくまた何より内容に引き込まれ、ほんの数日で読了しました。読み終わってからもう1カ月近くなりますが、まだ余韻が残っているような感じがあります。 友人に内容を少し話したところ、是非とも読みたいとのことで今は貸し出し中です。今思っているのは、やはりこの本は私が読むべき本であったということです。 (中略) 長々と私自身のことを書きましたが、このような境遇から私は戦争には一定関心をそらさずに来たつもりです。幼少の頃は恥ずべきことに兵器や戦闘機、戦艦などにうっとりするような視線を向けたことはありましたが、大きくなるにつけそれらのものを使う先に人間がいるという当たり前の現実に気がつくようになりました。そんなこともわからなかったのかと恥ずかしい限りですが、私は戦死者二人を出した家にもかかわらずそんな子どもでした。 長崎、広島の原爆記念館、長野県の無言館など戦争にまつわる施設を訪問するたび日本人として戦争のもたらした災禍に眼を被いたくなるような思いと共に、このような無謀な戦争へと駆り立てていった軍部・政治・風潮といったものへの言いしれぬ怒りのようなものが湧き上がってくる思いがします。そして、私の思考はこの辺で止まっていたのです。つまり、日本人としての戦争への思いから抜け出ることはなかったのです。 それを目を覚まさせてくれたのが貴社出版のこの本でした。 特攻はだれでも知っていることばですが、これは日本の若い青年達が戦争末期の配色濃い中、軍上層部のやけくそのような作戦へと駆り出され、あたら若い命を散らしていったとしか私の認識にはありませんでした。私の関心はその戦果へと向くことはありませんでした。私は何千人もの若い命がただただ敵軍の放火の前にむなしく散っていくのみであったとしか思っていませんでした。しかし、それが空母バンカーヒルにこのような大被害を与え、多数の戦死者負傷者を出したことに驚きを禁じ得ません。 ただ私の心には悪魔が住んでいることも告白せねばなりません。本書がついに空母への体当たり攻撃を記述し始め、それが成功して安則盛三と小川清が恐ろしいまでの戦果を上げることになったとき、それを誉めそやす気持ちが頭をもたげるのを抑えることができませんでした。 敵も味方もない、戦争というものを忌避しなければならない、そういう立場になかなか立てない私がいます。日本の側に立ってしかものを考えられない。爆撃で非戦闘員にまで大きな犠牲を強いたアメリカを恨む気持ちもあります。 それでもこの本は私の心を全くの内向きから大きく外へと眼を向けさせてくれました。日本と日本人に大きな災禍をもたらしたのはもちろん事実だが、勝者とはいえアメリカとその人民も大きな犠牲を払ったのであると。 映画プライベートライアンではノルマンジーでの上陸作戦が描かれています。ドイツ軍の機関銃がなぎ倒す上陸軍兵士。浜辺を埋め尽くすほどおびただしいまでの戦死者の群れ。そして、場面は一転アメリカ本土。多数の女性タイピストが打っているのは戦死を知らせる手紙。一人の兵士の死がどれほどの人を悲しませるのでしょうか。 親兄弟親戚知り合い同級生恩師隣近所地域の人々。国別に数十万数百万数千万人と戦死者の統計はあっても、その戦死者を悼む悲しみの統計はないのです。 先の大戦で世界中でどれほどの戦死者を出し、それが一体どれほどの悲しみを生んだのか。だれにも答えられない。 この世界から戦争をなくさねばならない。だれもが言うことではありますが、その視点として内向きでばかりあってはいけない、とこの作者は自国はもちろん日本でも精力的な取材活動をし、この著述を完成させてくれた。ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。 特攻の隊員達は、自分たちは命を散らすことになってもそれが祖国の後の発展のために必ず役に立つと信じて、自分を納得させ出撃していきました。国と人民に尽くすのが使命と信じて疑うことがありませんでした。 私の伯父も先の遺書の別の部分で「わが民族発展のため一命なんぞ惜しまざらん」と決意を述べています。そうした人達の犠牲の上に今の発展した姿があるのです。 しかし、残念なことにそうした人達の思いが今の世の中に十分伝わっているのか、というと肯定しがたいものがあります。 私たちは65年という時日を経てもなお、そこに未だ汲み取るべきことを残したままなのかもしれません。
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2010年度の航空戦史最高作品(千葉県 男性 61歳)

七月上旬に本書を購入しまして、読んでおります。空母バンカーヒルが損傷を受けて、その中で乗員たちの艦を回復する必死の作業が描かれてまして、大変感銘を受けました。また日本の特攻隊員にも、正しい評価が与えられていまして、特に最近の航空戦史の本としては、2010年度最高作品であると思います。日本人として著者より勇気をいただいた本です。ケネディさん、ありがとうございます。

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日米公正な立場で描かれた記録本(長崎県 男性 67歳)

資料に基づいて詳細に記述している。日本と米国の両方の立場にで公平な見方をしている記録本だと思います。二度と日本は戦争してはいけない。負けるための戦争は無意味で責任が重い。

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単なる感銘という語では表せない(大分県 男性 76歳)

著者、訳者の言語を絶する労苦に畏敬の念をいだきます。 この書にて二人の肉弾により地獄となる船、詳細にして惨この上なし。老人が600余頁の本を轍夜して二日で精読した。単なる感銘という語では表せない思い。

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